「せぇーのっ」
船尾両脇から同時に2つのマンガが投げ込まれた。この日は操船1名、投げ入れ2名の3名体制。普段は操船者を含めて2名体制だから、操業はなかなか大変だという。マンガは貝が分布する水深帯を曳かなければならないから、海岸と平行に曳く必要がある。それは海岸線近くの波を、船の横腹で受けながら船上作業を行うことを意味する。一般的に船は横から波を受けることを嫌う。大きく揺れるからだ。ごく沿岸とはいえ、外海にひらけた鹿島灘では海が穏やかでなければできない漁である。
船の速度は1時間でおよそ300m進む程度。僚船の動きも見ながらじわじわ進む。はた目には進んでいないかのようだ。なぜ早く進まないかといえば、ゆったり曳かないとホッキ貝が自分の足(一般的に舌と呼ぶところ)や水管を貝殻で挟んでしまったり、貝が割れてしまうから。一度挟んでしまうと、貝は自分の体を異物に感じてしまうのか、貝殻を開けなくなってしまう。すると、水揚げ後の砂抜きもできなければ、ある程度の期間、蓄養することもできなくなる。それではまずいのだ。
エンジンや波の音が奏でるゆったりとした時間に、忙しい日常を忘れてしまいそうになる。そんな風景に浸ること1時間、今度は船を後進させながらマンガをウインチで引き上げていく。水の滴る網の中には、沢山のホッキ貝とわずかな鹿島灘はまぐりが見えた。ホッキ貝と鹿島灘はまぐりは同じ鹿島灘にいるとはいえ、主な分布水深が異なっている。だから漁師は狙った貝を獲ることができるのだ。
網から貝を取り出せば、再びマンガを投げ入れる場所を選び、投げ込んで船を走らせる。効率良く、無駄の無い作業が続く。マンガを曳きながら、船上では獲れた貝の選別や洗浄、カゴへの収容作業が進められる。終われば、しばしの休憩。いろいろ話を伺えた時間だ。結局この日の曳網は3回。目標を上回る31カゴ、約840kgが1隻で漁獲された。
マンガを海に投げ込む。重い漁具を返すのは、見ての通り重労働だ。
網揚げ。マンガについた網にはホッキ貝がたくさんみえる。貝は船上で選別され、カゴがどんどん積みあがっていく。